太陽には話せないことも、月には話せてしまいそう。
“I love you” を 「月が綺麗ですね」 と訳した夏目漱石も、ひとり夜空を見上げては色々なことを相談していたのかもしれない。猫も寝静まるくらいの時間にぼんやりと月を眺めながら、そんなことを考えていた。
私は今までこのやさしい光に何度救われてきただろう。 近すぎず遠すぎないちょうど良い距離感で、暗い夜道をほんのりと照らしてくれる。まるで、行く道がわからなくなってしまった人をそっと明日へと誘うように……。もちろん月はただ宇宙の銀河系のなかに存在しているだけで、結局月を照らしているのは太陽だからこんなことを言うのはおかしいのかもしれないけれど。
人間の世界にも月みたいな人がいて、私はずっとその “月みたいな人” に惹かれてきたような気がする。光のもとである太陽の明るさをほんの少し持ちながらも、積極的に自分を出すことはなく、皆が楽しそうな様子をみてただ微笑んでいる。とても幸せそうに。その控えめな明るさに感じられる気品と、月の満ち欠けのように変わるさまざまな顔に魅せられてしまうのかもしれない。そうして私はいつのまにか、その “月みたいな人” にだけ心の内を話しているのだ。まるで引力に引き寄せられるように。
部屋に戻ってベッドに寝転がる。ふと視線をむけた窓ガラスに映っていたのは、遠い日々に置いてきた物語だった。壁の一部になっているもう何年も前に撮られたそれを、月の光がぼんやりと浮かび上がらせている。新しい思い出と引き換えに薄れていった記憶。きっと私はあの人のことをちゃんと知らなかった。きっとあの人も私のことをそんなには知らなかった。
長く静かな夜、やさしい光に誘われながらどこまでも続く記憶の海を泳ぐ。いつもより少しだけ、月が近く感じられた。
[Photo by Kazashito Nakamura]
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